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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1119号 判決 1996年12月19日

神奈川県足柄下郡湯河原町鍛冶屋八六五番地の一

控訴人(被告)

築城俊雄

右訴訟代理人弁護士

輿石英雄

神奈川県藤沢市本藤沢七丁目三番一七号

被控訴人(原告)

株式会社インターナビシステム

右代表者代表取締役職務代行者

三野研太郎

右訴訟代理人弁護士

三好啓信

道下崇

辛島聡

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者が求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人会社

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張及び証拠関係

左記のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決三丁表三行目の「契約」を「解約」に、四丁表六行目の「専用」を「専用実施権の設定」に、七丁裏一一行目の「設定」を「許諾」に、8丁表三行目の「設定」を「許諾」に、それぞれ改める。)。

一  控訴人の主張

1  原判決は、小野は本件発明に関する被控訴人会社の権利を強化することを企図して本件共同名義変更契約を締結したのであるから、同契約を締結した際、本件専用実施権設定契約を合意解約したとみることはできないという趣旨の説示をしている。

しかしながら、小野は、本件共同名義変更契約の締結前に、本件発明の特許がなされるまでには数年を要し、したがって本件専用実施権の設定登録がいつ実現するか分らないことを知悉していた。すなわち、小野は、本件共同名義変更契約締結前の時点で、直ちに自己の権利を確実にするには、本件発明の特許を受ける権利自体を取得するしかないと考え、本件共同名義変更契約を締結したのであるから、小野が本件専用実施権設定契約の履行に全く重きをおいていなかったことは明らかである。原判決が前記合意解約を認めない根拠とした平成四年一月二二日付被控訴人会社代表取締役会議事録中の「但し平成三年九月二〇日付の築城俊雄との専用実施権設定契約は上記に抵触する条項を除き有効とする」旨の記載は、後記2の解約条項だけは残して欲しいとの控訴人の申入れを小野が了承した結果、入れられたものである。

原判決の前記説示は、このような事情を全く無視してなされたものであって、不当である。

2  仮に、平成四年一月二二日ころ本件専用実施権設定契約を合意解約したという主張が認められないならば、控訴人は、平成八年一〇月一五日の本件口頭弁論期日において陳述した準備書面をもって、同契約を解約する旨の意思表示をする。

すなわち、本件専用実施権設定契約の第一四条は、「甲乙いずれか一方が、他方の事業継続困難との判断に対し、合理的な反論をなし得ないときには、前条の損害賠償をすることなく本契約を解約できるものとする。」と定めている(以下、「本件解約条項」という。)。

本件解約条項にいう「一方が、他方の事業継続困難との判断に対し、合理的な反論をなし得ないとき」とは、要するに「事業の継続が客観的に困難になったとき」という意味と考えるべきである。そして、本件解約条項は、被控訴人会社の株式二〇〇株のうち一〇二株を控訴人が有し、かつ、被控訴人会社の取締役三名のうち二名を控訴人及びその妻が占めており、したがって被控訴人会社が実質上、控訴人の個人会社であることを前提として、本件発明の特許権者である控訴人のために定められたものである。

しかるに、被控訴人会社代表者である小野は、平成六年三月二二日、被控訴人会社は小野の一人株主会社であると称して臨時株主総会を開催し、小野一名のみが出席した同株主総会において、取締役である控訴人及びその妻を解任し、小野及びその親族二名を取締役に選任する決議を行った。しかしながら、前記のとおり控訴人が被控訴人会社の株式二〇〇株のうち一〇二株を有している以上、右株主総会の決議が違法であることは明らかであり、現に、横浜地方裁判所平成六年(ヨ)第四〇二号仮処分命令申立事件において、平成六年八月二日、小野の被控訴人会社における取締役及び代表取締役としての職務執行を停止する旨の命令がなされた。

このように、代表者である小野の職務執行が停止され、かつ、本件発明の特許権者である控訴人の株主としての権利行使が全く否定されている状態では、本件発明を実施する被控訴人会社の事業の継続が客観的に不可能であることはいうまでもないから、本件解約条項に該当する事由が発生していることは明らかである。

なお、控訴人の解約権の行使がその権利を濫用するものであるという被控訴人会社の主張は、否認する。

二  被控訴人会社の主張

1  控訴人は、本件共同名義変更契約を締結した以上、小野が本件専用実施権設定契約の履行に全く重きをおいていなかったことは明らかであると主張する。

しかしながら、本件専用実施権は被控訴人会社の事実上唯一の資産であり、かつ、小野は、個人として本件発明を実施する事業のために約六五〇〇万円にも及ぶ出資ないし貸付けを行っているのであるから、少なくとも本件共同名義変更契約の履行が完了しない限り、小野が本件専用実施権設定契約の解約に応ずることは絶対にありえない。したがって、小野が本件専用実施権設定契約の履行に全く重きをおいていなかったというのは、甚だしい詭弁である。また、控訴人主張の議事録の記載が、その主張のような理由でなされたことはあり得ない。

2  控訴人は、被控訴人会社の代表者である小野の職務執行が停止され、かつ、本件発明の特許権者である控訴人の株主としての権利行使が全く否定されている状態では、本件発明を実施する被控訴人会社の事業の継続が客観的に不可能であるとして、本件解約条項に基づく本件専用実施権設定契約の解約を主張する。

しかしながら、

<1> 控訴審の審理の最終段階におけるこのような主張の提出は、少なくとも重大な過失によって時機に遅れてなされたものであり、本件訴訟の完結を遅延させることが明らかであるから、却下されるべきである。

<2> 本件専用実施権設定契約は本件発明の特許の存続期間が終了するまでの長期間継続すべきものであり、小野は同契約が長期間にわたって存続することを信頼し、これまで多額の資金を投じてきたのであるから、本件解約条項の適用は、被控訴人会社の事業継続が著しく困難であり、かつ、同契約を継続させることが当事者にとって極めて酷である場合に限定されるべきである。

しかるに、被控訴人会社の事業は代表者の職務代行者によって現に継続されているし、控訴人の訴え提起に係る株主総会決議不存在確認請求事件(横浜地方裁判所平成六年(ワ)第一九二七号)の判決が確定したときは、控訴人が被控訴人会社の株式を保有しているか否かの紛争も解決され、判決の結論に従って小野あるいは控訴人のいずれかが被控訴人会社の事業を継続することになるから、被控訴人会社の事業が、将来においてもその継続が著しく困難あるいは不可能でないことは明らかである。

また、被控訴人会社の事業が継続され、本件発明が実施されている限り、控訴人は本件専用実施権設定契約にしたがって、被控訴人会社が得る収入の三三%に当たる実施料を取得しうるのであるから、同契約の継続は、控訴人にとって利益でこそあれ、酷といえないことも多言を要しない。

したがって、本件解約条項は未だ適用の余地がない。

<3> 仮に、本件解約条項に定める事由が発生しているとしても、控訴人は、本件専用実施権設定契約第三条の「甲(控訴人)は、本件発明に関して、特許登録の前後を問わず、乙(被控訴人)以外の第三者に対して、その実施を許諾してはならない。」という条項に違反して、原判決説示の訴外泰川実業株式会社を含む複数の第三者から、本件発明実施の許諾の対価を取得する詐欺的行為を繰り返している。したがって、控訴人が、被控訴人会社に生じた損害を賠償することなく本件専用実施権設定契約を解約することは、その権利を濫用するものであって、著しく社会正義に反するから、許されない。

三  証拠関係

当審における証拠関係は、当審訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

当裁判所も、原判決と同じく、被控訴人の本訴請求は認容すべきものと判断する。その理由は、左記のとおりである。

一  請求原因事実は、当事者間に争いがなく、控訴人主張の本件専用実施権設定契約の合意解約の抗弁が認めらないことは、次のとおり付加するほか、原判決九丁裏九行ないし一九丁表三行に説示のとおりであるから、これをここに引用する。

控訴人は、小野は本件共同名義変更契約締結前の時点で本件専用実施権設定契約の履行に全く重きをおいていなかったと主張する。

しかしながら、債権契約としての本件専用実施権設定契約と本件共同名義変更契約とが並存することは何ら背理ではないことは原判決が説示するとおりである。そして、本件共同名義変更契約が履行された後、本件発明が特許され、控訴人と被控訴人会社が本件発明の特許権を共有するに至ったときは、被控訴人会社のみならず控訴人も本件発明の実施をする権利を有するのに対し、本件発明が特許され、本件専用実施権設定契約が履行されたときは、被控訴人会社のみが本件発明の実施をすることができ、控訴人はこれを実施する権利を有しない(ただし、いずれの場合も、控訴人の同意ないし承諾を得ない限り、被控訴人会社が他人に通常実施権を許諾しえない点は同じである。)。

したがって、たとえ本件共同名義変更契約が締結されたとしても、小野が本件専用実施権設定契約の履行に全く重きをおいていなかったとはとうてい考えられないから、本件共同名義変更契約が締結されたとの事実のみから、本件専用実施権設定契約解約の合意がなされたことを推認することはできない。控訴人が当審において提出した乙第三〇号証(控訴人の陳述書)も、右認定判断を左右するものではない。

二  控訴人は、本件解約条項に基づく本件専用実施権設定契約の解約を主張し、その理由として、代表者である小野の職務執行が停止され、かつ、本件発明の特許権者である控訴人の株主としての権利行使が全く否定されている状態では、被控訴人会社の事業の継続が客観的に不可能であると主張する。

この主張について、被控訴人会社は、重大な過失により時機に遅れてなされたものであり、訴訟の完結を遅延させるから、却下されるべきである旨主張する。

一件記録によれば、控訴人の前記主張は、当審第二回口頭弁論期日(平成八年一〇月一五日)になされたものであり、この主張に対する被控訴人会社の反論準備のため口頭弁論が続行されたが、第三回口頭弁論期日(同年一一月二一日)において、被控訴人会社の右反論を記載した準備書面が陳述されて直ちに弁論終結に到ったものと認められるから、これがため格別訴訟の完結が遅延したものとはいい難い。したがって、被控訴人会社の右主張は採用できない。

そこで、控訴人の本件専用実施権設定契約解約の抗弁について検討すると、右契約に本件解約条項が存在することは当事者間に争いがなく、控訴人主張のとおり、小野の被控訴人会社における取締役及び代表取締役としての職務執行を停止する旨の仮処分命令がなされ、職務代行者が選任されたことは前記認定(原判決一〇丁表一一行ないし裏四行)のとおりである。

本件解約条項中の「一方が、他方の事業継続困難との判断に対し、合理的な反論をなし得ないとき」との文言は、その文言の意味が明確とはいえないが、本件専用実施権設定契約の趣旨及び内容に照らし、少なくとも本件解約条項に基づいて解約権を行使し得るためには、客観的にみて被控訴人会社の事業を継続することが困難な状況にあることを要するものというべきところ、成立に争いのない乙第二八号証(仮処分命令正本)によれば、右仮処分命令は、小野を取締役に選任する被控訴人会社の株主総会の決議の効力を争う訴訟の本案判決確定に至るまで、小野の右職務の執行を停止するとともに、右職務執行停止期間中職務代行者を選任したものと認められ、これにより被控訴人会社の常務は滞りなく遂行することができる(常務の属しない行為であっても、裁判所の許可を得て行うことができる)ことが明らかである。もとより右本案判決が確定するならば、右取締役の選任等に関する紛争は解決され、通常の状態に復することは当然である。したがって、前記仮処分命令がなされたことは、被控訴人会社の事業を継続することが困難な状況にあることに該当しないというべきであるから、控訴人はこのことを理由に本件解約条項に基づいて解約権を行使することはできないのであって、当審における控訴人の抗弁は理由がない。

よって、被控訴人会社の請求を認容した原判決は正当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

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